【怪談】不忍池の怖い話 ⑷大正時代:炎の見える池 ~業火が街を焼き尽くす~ 上野恩賜公園(東京都台東区を歩こう)

不忍池にまつわる怪談話と事件、そして歴史を書いてみます。

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上野恩賜公園の記事 まとめ

不忍池を知ろう

不忍池にまつわる怖い話

⑴感応丸と柳の前(室町時代)

⑵お蝶伝説(江戸時代)

彰義隊の怨霊(明治時代)

⑷炎が見える池(大正時代)

⑸さまよう亡霊(昭和時代)

⑹未解決の殺人事件(平成時代)

⑺私の心霊体験(令和時代)

関東大震災

マグニチュード7.9の大地震であり、地震だけでなく、火災による被害も甚大でした。東京市(当時)と横浜市の大部分が廃墟と化し、死者・行方不明者は10万人以上を超えました。家屋は57万戸が無くなり、被害総額は60億円を超えました。

この震災の特徴は2つです。

戒厳令(かいげんれい)が出されたこと

朝鮮人たちが殺傷されたこと

この2つの出来事が、人を怨霊にし、魂を苦しめる結果となりました。 

知られざるベール

戒厳令が出されたため、日本の報道機関では取材ができず、地震直後の写真や映像は非常に貴重です。近年、外国人のジャーナリストが震災直後の様子を隠し撮りしてたカラー映像が発見され、池上彰さんの番組で紹介していました。

ちなみに、旧憲法で出された戒厳令は、”日比谷焼き討ち事件”、”関東大震災”、”二・ニ六事件” の時の3回だけです。旧憲法は第二次大戦の敗戦により失効し、現在の日本国憲法に戒厳の規定はありません。そのため、今年に出された ”非常事態宣言” とは異なります。

戒厳令:国家の非常事態に発令され、国が市民の行動を制限するもの。

殺傷事件

朝鮮人・中国人が殺された事件は、その国を植民地とした日本人に対する抵抗を恐れたこと、日本人の差別意識があったのではないかと見られています。恨みがないとは到底思えない事件です。

 

業火が街を焼き尽くす

大正時代の ”関東大震災” は、東京の中心部を焼き尽くしました。火災地域を見てみると、上野恩賜公園は焼けていません。家屋のあった場所が焼けたからです。上野恩賜公園に避難した人々は、自身が火傷を負って、自分の家が焼けるのを見て、大きな炎をどのような気持ちで眺めたのでしょうか。

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目撃情報、どんな幽霊?

幽霊のこんな話を聞いたことがあります。霊感の強い人が不忍池に立つと、炎が見えるそうです。それは考えられないほど大きなもので、熱さを感じる人も居ますが、蜃気楼のように炎が見える人が大半です。蓮池の所には水面上に踊り場が設置されているのですが、そこから南の方向を見ていると、ユラユラと揺れる炎が現れ、東京の街を炎が被さるように覆いつくしていきます。歴史を知ると、霊感のある人の話に 頷けますよね。 

感想

 

木造建築の家

私は以前、宅建士検定の勉強をしたので、現代は家などを建てる時、まず防火地域・準防火地域などのエリアを分け(都市計画法)、それぞれの階数で建てられる大きさなどが決まっている(建築基準法)ことを知っています。大正時代にはまだ鉄筋コンクリートの家屋は作られておらず、このような大規模火災に発展してしまった経緯があります。

 

火災防止の銀杏

私の暮らす文京区は 銀杏並木 が有名です。銀杏が植えられたのは 火災防止の観点が大きく、紅葉で彩られた銀杏にそんな意味が込められていると知った時には感心しました。江戸時代の大火は有名で、それほど昔からあるんだと思うと人の工夫が感じられます。

怪談の情報収集で

ブログで怪談を書こうと決めて色々な情報を集めましたが、私は 心残りで亡くなった魂よりも、恨みで散った魂の方が ずっと怖いと感じました。今回のテーマである ”関東大震災” では、震災の被害者よりも殺傷事件の被害者の方が怨念が残ってるのではないかと思いましたよね。

 

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