【怪談】東京あちこち・池袋周辺(東京都豊島区を歩こう)巣鴨プリズン ・心霊スポット

東池袋中央公園 にやって来ました。実はこの場所、都内有数 5本指に数えられるほどの 心霊スポット です。

f:id:mari24jp:20210129180726j:plain

どんな場所か、調べてみました。

はじめに

皆様、”巣鴨プリズン” をご存知でしょうか?

この辺りは、池袋と呼ばれる前を西巣鴨町と言いました。そしてプリズンとは ”prison” 英語で ”刑務所監獄” を表します。つまり 巣鴨にある監獄 のことなんですね。怖~い 東池袋中央公園 について、まとめてみました。

東池袋中央公園の歴史

刑場から観光名所へ

ここは、明治時代から警視庁の監獄や刑務所または拘置所として使われていました。観光名所に生まれ変わったのは50年前、まだ父母や祖父母の記憶には残っているのではないでしょうか。死刑囚が処刑されたのはこの場所ですが、死刑囚の経緯については知っていますか? 東京裁判はとても有名ですが、ちょっと補足します。

受け容れられない死

戦争に負けた日本は、裁判にかけられます。通称:東京裁判 (極東国際軍事裁判) です。しかし裁判とは名ばかりで、実際はとても理不尽。裁判判事の1人、インド代表のパール判事はその実を知り、東京裁判そのものを批判して被告の全員無罪を主張しました。

「”平和に対する罪人道に対する罪”は戦勝国により作られた事後法であり、事後法をもって裁くことは国際法に反する

パール判事の正義を知るも、死刑が言い渡された戦犯たちは無念失意の中、処刑されてしまいました。 (平和に対する罪A級戦犯、戦争に対する罪B級戦犯、人道に対する罪C級戦犯) 

東池袋中央公園の年表  

 ●明治時代

1895年 警視庁監獄巣鴨支所 設置

1897年 巣鴨監獄 名称変更

●大正時代

1922年 巣鴨刑務所 名称変更

●昭和時代

1935年 巣鴨刑務所 移転 (東京府府中へ)

1937年 東京拘置所 設置

第二次世界大戦

1941年 ゾルゲ 逮捕 (ゾルゲ事件) 

1944年 ゾルゲ・尾崎 死刑執行

終戦

1945年 巣鴨プリズン 名称変更 

1948年 戦犯 処刑執行 (A級7名、B級C級1000名以上)

1958年 巣鴨刑務所 閉鎖(東京拘置所の早期移転が決定)
1962年 東京拘置所 名称変更 (住居表示制度)
1966年 町名 名称変更 (西巣鴨から東池袋に)

1971年 東京拘置所 移転 (葛飾区小菅へ)

1973年 工事着工

1978年 サンシャイン60 誕生 (作業員数名に異変)

1979年 東京拘置所跡地 都市開発

1980年 慰霊碑 建立 (開園当時の名称は ”サンシャイン公園”)

幽霊の目撃情報

さて、公園へ行ってみましょう。池袋駅または東池袋駅が最寄り駅となります。 サンシャイン60の直ぐ隣です。この道路沿いが正面入口です。

f:id:mari24jp:20210129181113j:plain

先ほどの道路からプリンスホテル前の道路沿いに、東池袋中央公園 北側入口 があります。

f:id:mari24jp:20210129180858j:plain

死刑執行となった刑場北西、公園マップで見ると C.広場H.碑 の辺りになります。

f:id:mari24jp:20210129180834j:plain

この巣鴨プリズン跡地には、心霊現象や霊の目撃情報が寄せられています。 

怪奇現象まとめ

・石碑に、怪しい影が映る。

・石碑近くで、呻き声が聞こえる。

・公園で、変な音が聞こえる、体調が悪くなる。

・サンシャインビルで、幽霊や火の玉が見える。目撃者多数。

・サンシャイン地下通路で、兵隊の霊が見える。

・電源を切った携帯に、知らないメールが入る。

怪奇現象か?

人は恨み辛みを抱えて亡くなると、地縛霊となってその場に留まるそうです。命からがら戦禍をくぐり抜け何とか生き伸びた日本人が戦争の終わった後も死ななければならなかった悲しい場所。巣鴨プリズンには 怨霊が居ても不思議ではない と考えます。

f:id:mari24jp:20210129180940j:plain

公園は思っていたよりも小さく、繁華街の中にあっても静かでした。北側入口から入って右側に、J.管理詰所があります。その隣のお手洗いの先に石碑があります。

f:id:mari24jp:20210129180806j:plain

石碑の裏

第二次世界大戦後、東京市谷において極東軍事裁判が課した一部の刑がこの地で執行された。戦争による悲劇を再びくりかえさないためこの地を前途の遺跡としこの碑を建立する。昭和五十五年六月 

東条英機の遺書

巣鴨プリズンに収容された人々の多くは、戦争の犠牲者です。石碑の前の花や香炉を見ると、いつも誰かが訪れているのが判ります。しかしもっと気になったのは、東条英機の遺書でした。数日は経っているように見えますが、まだ真新しい感じがします。

 f:id:mari24jp:20210130151311j:plain

 一体、誰が置いたのか?なぜ置くのか?今も意思を継ぐものが生き、何かを成しとげようとしているのでしょうか。 

サンシャインの都市伝説

昭和後期に都市開発が始まり、東京のランドマークとしてサンシャイン60が建設されました。子どもの頃に来て「実際は60階じゃないんだ(笑)」と知った記憶があります。このサンシャイン60の名称、一般公募で決まりました。当選者は知ってか知らずか、巣鴨プリズンで絞首刑となった戦犯の人数と一致していると言われています。絞首刑になったのは、A級戦犯 7名とBC級戦犯 53名です。(資料によっては52名となっています) つまり、7名+53名 の絞首刑の人数=60名=サンシャイン60 となったらしいのです。ランドマークと言えば聞こえは良いのですが、実際は東京最大の供養塔とも。これなら、都内5本指の心霊スポットと言っても納得ですよね。(現在、東京で一番高いビルはミッドタウンタワーです) 

住宅地かもしれない

私は以前、上野恩賜公園 不忍池の怪談話をシリーズで書きましたが、水のあるところには霊が集まりやすいと言います。今はカラカラですが、かつては人口の滝が流れていたようです。この裏手にある、昭和の怨霊よりも怖〜い話へと続きます。

f:id:mari24jp:20210129181004j:plain

さて、滝の左隣には裏手へ通じる道があります。

f:id:mari24jp:20210129180920j:plain

 道を上がると、しっかりと根を生やした ホームレスの居城 があります。他の町でも段ボールで固めたホームレスの姿は見かけますが、ここではちゃんと柱のある家が建てられているのです。チラリと覗いた感じでは、そこそこ身なりを整えている人に見えます。姿勢も良く、初めはここの関係者とは思いませんでした。まぁ、パッと見ただけの感想なので、流して読んでください。

f:id:mari24jp:20210129181028j:plain

ホームレス問題

人から搾取、悪質ビジネス

ネットで ”ホームレス” を調べると、ホームレスを襲う暴行や強盗事件が出てきます。ホームレスに対する差別意識が中高生や中年引きこもりを犯罪にかりたてるようです。そしてまた別にホームレスを利用した組織的な犯罪ビジネスをご存知でしょうか。

災害を境に悪質な事件が横行し、ホームレスなどの生活困窮者を奪い合う。彼らを1人抱えれば各種補助金の名義人になり、生活保護を申請させ、振り込まれる生活費を横領してしまうのです。復興には巨額の公費が支払われますが、新興事業には審査や管理が甘くなるのが実情です。震災後のビジネスとは、ホームレスになった人ではなく、ホームレスになってる人を除染の作業員として現地入りさせたのです。今はコロナ対策での補助金(助成金)の不正受給も話題になっています。

人の大切な権利

ホームレスには彼らなりの事情があってそこに行きついています。私はホームレスを良いとも悪いとも言えませんが、人には生きる権利があると思っています。生きる権利は個々にあり、誰かが搾取していいものではありません。極端なことを述べれば、私はコンサルタントも好きではありません。クライアントの課題解決をしたり、クライアントの意向を汲んで儲けを出しているコンサルタントが少数派だからです。人を幸せにするのがビジネスであって、人の権利から搾取するようなビジネスには賛同できません。

生き抜く力

話が反れてしまいましたが、この東池袋中央公園はホームレスへの炊き出しが行われています。私が子どもの頃は、今よりもっとホームレスの数が多く、もっとたくましく、一般人に金をせびってきたような印象があります。ホームレスに強くなって欲しいのではなく、1人ひとりが生き抜く力を養っていけたら素晴らしいことですよね。ホームレスは情報が得にくいので、正しい知識が得られるようになれば良いのですが、考える気力まで養うとなると今はまだ難しいのかもしれませんね。

お勧め映画

壁あつき部屋

戦後10年ほどで製作された映画。BC級戦犯たちの姿から戦争の悲惨さや理不尽さを描き、真の戦犯は誰かを問う。

 私は貝になりたい

1958年に放送された名作ドラマを映画化。上司の命令で捕虜を殺害し、C級戦犯として処刑された元兵士を中居正広が熱演。


【中古】 私は貝になりたい スタンダード・エディション /中居正広,仲間由紀恵,柴本幸,福澤克雄(監督),加藤哲太郎(遺書、原作、題名),久石譲(音楽) 【中古】afb

まとめ

東池袋中央公園

序章:巣鴨プリズンとは

背景:明治時代からこの場所は刑場だった

事前情報:

地縛霊の居る場所

導入:東京裁判で決まった無念の死

いつ:終戦

どこで:巣鴨プリズン

だれと:戦勝国の米・英・その他と

だれが:敗戦国の日本が

なにを:裁判を行い

どうしたか:戦犯の死刑が決まった

パール判事は事後に作られた法律で裁くのは国際法に反すると唱えたが、死刑判決を受けた日本人の刑は執行された。

幽霊より怖い話

出来事:幽霊の目撃情報が相次ぐ

展開:東条英機の遺書

転換:実際はホームレスの居城

解説:人を食い物にする新興事業

現在も続く、強者の搾取

終結:生きている人間の方が恐ろしい

結末:強く生き抜く力を養うべし

f:id:mari24jp:20210129181131j:plain

あとがき

公園隣のサンシャイン60です。過去に2度、事件がありました。

f:id:mari24jp:20210129181057j:plain

何故か曇ってしまう?

この東池袋中央公園へ行く前にネットで事前調査をしたのですが、どんよりした天気の写真ばかりが目につきました。ブログに掲載するなら日中の明るい太陽の下で撮影した方がずっとキレイです。そのため私はあえて晴れを選んで行ったのですが、東池袋に入ると大きな雲に覆われてしまいました。天気予報も確認していったのにガッカリしました。公園を散歩しながらシャッターチャンスを待ちましたが、1時間経っても変わりません。樹木が生い茂っているとか、ビルの間にあるからとか、そのような理由ではなく、公園が陰るのです。信じられない気持ちでしたが、諦めて撮影を開始しました。写真を撮り終えて公園を出ると太陽が顔を出しました。それがトップにある公園前の写真です。一度は撮り直そうと戻りましたが、また曇ってしまったので帰ることにしました。なんだかひどく疲れてしまったので・・私はHSP(Highly Sensitive Person 繊細で敏感な人)で、アッチの方も感じやすい体質です。池袋に来ると他の町と違ってなんだか臭いと感じます。この日も場所を離れると落ち着いたのでやっぱり何か居るのかもしれません。今は私の体調が万全でないこともあり夜の訪問はしていませんが、ご興味のある方は是非、夜の東池袋中央公園へ行ってみてください。

何か感じるかもしれません・・

池袋の有名な事件や事故

・2019年 東池袋自動車暴走死傷事故

・2012年 サンシャイン60男子高校生飛び降り

・2007年 飛び降り巻き添え事件

・1999年 池袋通り魔殺人事件

・1998年 サンシャイン60女性飛び降り

・1996年 池袋駅構内大学生殺人事件

概要

東池袋中央公園

住所:東京都豊島区東池袋3-1-6
電話:03-3981-0534
開園時間:いつでも(身障者対応トイレは午前9時~午後4時まで)
開園年月日:昭和55年6月
開園面積:5,993.61 ㎡

交通機関
電車を利用
・JR「池袋」駅下車 徒歩2分
東京メトロ 有楽町線東池袋」駅下車 徒歩5分

車を利用
・東京プリンスホテル
サンシャイン60

関連記事

池袋に関する情報提供を お願いしております。また、意見・指摘・感想・要望・相談などがありましたら、どうぞお気軽にお知らせください。

⇓メールアドレスはこちら⇓

mari24travel@gmail.com


ご拝読ありがとうございました。