【女一人旅】青天を衝け紀行(東京都千代田区)平岡円四郎生誕地、練堀町、昌平坂、秋葉原

平岡円四郎が生まれた場所 ”練塀町” へ行って来ました。

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平岡 円四郎とは

1822(文政5)年、ここ 下谷練塀小路 (したやねりべいこうじ) で誕生(岡本忠次郎 四男)。

1838(天保9)年、旗本(幕臣・上流武士)の平岡家へ養子入り。

その後、仕事を辞めてブラブラしている息子を案じ、生父・岡本が交流のある川路聖謨に相談。川路水戸藩の学者・藤田東湖平岡を紹介。烈公・徳川斉昭が 愛息・一橋慶喜(一橋家養子)の廷臣を探していたため、藤田は 平岡 を推薦。こうして平岡慶喜に仕えることとなりました。

◎享年:あとがき「ざっくり平岡円四郎」参照

練堀町の場所

秋葉原駅からすぐ、並びにあります。

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左手中央に見えるのが ヨドバシカメラ秋葉原

史跡として 

この辺りは、練塀(ねりべい) が一帯に広がる武家地でした。

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神田から下谷まで立派な練塀の屋敷が立ち並び、下谷練塀小路 と呼ばれていました。

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練塀(ねりべい)とは

瓦と練土を交互に積みあげ、上を瓦で葺いた土塀のこと。瓦と土の織りなす縞模様の塀が美しく、関東の武士に好まれた。

昌平坂学問所

平岡円四郎が、一橋家の家臣となる前に働いていた場所。 

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昌平小学校

秋葉原辺りにある、公立と思えないほど立派な小学校

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小学校に架けられてる橋の美しさ…!

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あとがき

下谷練塀小路の推移

1872(明治5)年、練塀町が正式名に。
1878(明治11)年、下谷区編入
1943(昭和18)年、南が神田区編入
1947(昭和22)年、神田練塀町(かんだねりべいちょう)に。
1890(明治23年)、秋葉原国鉄・貨物駅完成、物資の受入口に。
1923(大正12年)、神田青果市場が移転。ここが東京の物流拠点の1つに。
2005(平成17)年、常磐新線(茨城)が開通。

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