【女一人旅】青天を衝け紀行(東京都文京区)平岡円四郎 学習の地、湯島聖堂、孔子廟、昌平坂、お茶ノ水

平岡円四郎 学びの地 ”湯島聖堂” へ行って来ました。

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平岡が、この辺で働いてたって話 知ってます?

湯島聖堂の場所

JR 御茶ノ水駅 から徒歩3分 ☟

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聖橋 (御茶ノ水駅の下) の奥に見えるのが 湯島聖堂

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湯島聖堂 聖橋門

御茶ノ水駅 方面からは聖橋門(ひじりばしもん)へ☟こんな感じ

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地図の向かい側に階段があり、下ると湯島聖堂

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湯島聖堂 正門

と その前に。聖橋門から通り抜け、まず正門へ。

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行ってみましょう!

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石川忠久書/素晴らしい漢文☟ 令和元年五月 と新しいぃ

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仰高門

正門の門が 仰高門、正門は門じゃなく場所。写ルンです

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見取り図はコチラ ☟ 地図 右下が 仰高門

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孔子銅像

なにやら見えてきた・・

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こ~んな大きい!

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孔子銅像について書かれた難しそうな立札☟ の後ろにある建物へ入ります。f:id:mari24jp:20210614182023j:plain

斯文会館・事務局・売店・講堂

この時の私は立ち寄っただけですが、学びの場 があります

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中に入ると、漢詩~!

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古き良き~!

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なんかもう、日本じゃない~!

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楷樹

また外に出ますと、何やらまた立札。

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楷樹 (かいじゅ) の説明書き。

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コレ、楷樹

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枝葉が整然としている様から 楷書の語源と言われています。ズームアップ

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楷樹 は中国全土に生えてる。特に中国(曲阜)の孔子墓所辺りの種子を、日本の学者が持ち帰って植えた。孔子楷樹聖木 だよん。」って感じのことが立札に書いてあります。(超訳)

入徳門へ

立札から、次はメイン 孔子廟 へ!

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生い茂る草木、虫がいっぱい飛んでいました。蚊も多かった・・

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こんな感じ ☟

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杏壇門

この立札のすぐ目の前

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水瓶に、三つ葉!(徳川家の家紋)

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孔子廟

孔子廟大成殿(たいせいでん)

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残念ながら、入口は閉まってました。

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トイレ

湯島聖堂敷地内、世界観を崩しません!

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古めかしいのに、しっかり ジェンダーレス(性区別しない)。

お茶の水公園

文京区民、憩いの場。

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公園にはこの地の説明書きがあり、学べます。

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眺めも良い。

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昌平坂

読めばわかる。

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桂昌院(徳川5代将軍の生母) をイメージ ☟

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3代将軍・家光に愛された シンデレラガール、桂昌院 の詠んだ句

萬代(よろずよ)の 秋もかぎらじ 諸(もろ)ともに

まうでゝ(もうでて)祈る 道ぞかしこき

平岡円四郎の話

◎平岡円四郎の人生

1822(文政5)年、岡本忠次郎の四男として誕生

1838(天保9)年、旗本(幕臣)の平岡家へ養子入り

養父・平岡文次郎は、裏門切手番頭(うらもん・きってばんのかしら)。江戸城本丸・切手門(きってもん)の警備職。内容:大奥の女性たちの手荷物検査など。

1841(天保12)年、円四郎は 昌平坂学問所寄宿寮 管理に。19歳

こんな感じ☟

書生寮:藩家臣の子弟らが寄宿 (高杉晋作など)

寄宿寮:将軍直属の旗本・御家人専用。←江戸住み(通い)には不要?

1843(天保14)年、円四郎は仕事を辞めてしまいます。21歳

1853(嘉永6)年)、一橋家・家臣に。31歳

1863(文久3年)、一橋家・用人に昇格。41歳

1864(元治元)年、一橋家・側用人番頭に昇格。水戸藩士により刺殺。享年42歳

【豆知識】徳川御三家御三卿

徳川家康(初代将軍・開祖) が決めたこと:末息子たちをそれぞれ 藩主 にしろ!

御三家

九男:尾張(静岡) ⇒ 62万石

十男:紀州(和歌山) ⇒ 55万石

十一男:水戸(茨城) ⇒ 35万石

徳川吉宗(八代将軍) が決めたこと:近親者を 江戸城内 で養え!

御三卿

次男:田安家 ⇒ 10万石

四男:一橋家 ⇒ 10万石

長男の次男・孫:清水家 ⇒ 10万石

◎結論:就職先の一橋家

敷地 ⇒ 狭い (江戸城内)

収入 ⇒ 増えない (10万石)

家臣 ⇒ 馴染めない (八代吉宗が新しく設立)

内情を知ると、平岡円四郎や渋沢栄一らの スピード出世 が分かります。

昌平坂学問所(しょうへいざかがくもんじょ)とは

日本で初めて学校教育が行われた場所。江戸のこの場所へ全国からたくさん学びに来ました。この学問所の敷地内に 湯島聖堂孔子廟、大部分は 東京医科歯科大学の敷地 となっています。別名:昌平黌(しょうへいこう)。

孔子儒教論語

孔子廟

江戸時代、武士の学びは 儒教特に朱子学儒教から派生した学問。

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その思想を広めたのが 孔子。学問の祖=孔子、だから学問の地・湯島聖堂に 孔子廟(孔子を祀る霊廟)があるんです。孔子講師 ってか。

儒教の中身ざっくり】

五常=仁・義・礼・智・信

五経四書=経典(教科書)

論語孔子の言葉(子曰く(し のたまわく) ⇒ 「孔言うにはさ・・」)

◎好きな言葉

「過ちては則ち改むるに憚ることなかれ」

間違いは誰でもある、気づいてすぐ直せば良い。周りを気にして迷うなよ(超訳) ←みつを 風

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これにて、閉門!

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